| j-top >> featured >> KNAC interview with Robbin Crosby (2001) part 4 | |
| Last update: Jun. 3, 2005 | |
| part 4 |
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July 16, 2001 / KNAC.COM interviewed by : Mitch Lafon / © Mitch Lafon all rights reserved **このインタビューは2001年の5月に行われたものです** |
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part 4 とにかく、1991年で俺にとってのRATTは終わり、そして同年俺は妻と離婚した。事を面倒にしたくなかったんで、妻に家を使わせ、自分は外にア パートを借りることにした。家は売る予定でね。だから家が売れるまで妻をあの家に住まわせておいて、売れたらその金を折半して別れるはずだった。ところが 家を売るって話がなくなってしまったんだ。 そういうわけで、俺は大損をした。離婚と、一週間に数千ドルもかかる「大いなる習慣」のせいで、俺は全てを失い、破産した。俺は大金持ちのはずだったんだが、(そうなっても)通帳のチェックはしなかった。(自分がいくら持っているのか)別 に知りたくもなかったし、ただ自分自身を落ちるに任せてしまいたかったからでもあった。俺は自分自身のことも含めて、何も考えたくなかった。とうとう俺の 相棒は一匹の黒いラブラドール犬だけになってしまい、「俺達」という言葉は自分とラブラドール犬のことのみを指した。友達もなく何も手許には残ってなかっ た。 バンドは俺のことを無視した。だって(あの頃の)俺は嫌な奴だったもんな。
これで俺は彼女が一体何を言いたいのかを悟った。「何てことだ!」俺は思ったよ。もし俺がHIV陰性なんだったら、彼女はそんなことを確かめる必要なんかないんだからね。 それが1994年のことで、俺は自分がHIVに感染したことを知った。それから数年間、俺は事が公にならないよう、プレスから自分を守った。どう考えるべきなのか、何をすべきなのかが全くわからなかったからだ。 俺は更にドラッグに逃げ込み、今度こそ本物の絶望を味わった。自殺しようとさえ思った。そんな俺を弱虫と言う人もいるだろう。だが、もし俺が過ごし た数年間と同じ経験や、俺が受けた精神的ダメージと同じものを味わってもそう言える人がいるなら会ってみたいよ。俺はもう少しでホームレスになるところ だった。誰も助けようと申し出てくれる人はいなかった。それで益々落ち込み、俺はRATTのメンバーと会ったり話したりすることさえ出来なかった。もし俺 がとことん金がなくなって困窮したときに、彼等に電話して「なぁ、次の印税が入るまでの間、ちょっと金を貸してくれないか?」って尋ねたとしたら、彼等は きっと「ノー!」と言ってただろうな。 後日、Stephenは俺に少し金を貸してくれた。でもそれは(RATTを離れてから)しばらく経った後で、彼等が俺の病気を知った後のことではあったけど。それ(Robbinの病気や経過した年月)が彼等の態度を100ドル分和らげたんだろうね。 俺は今AIDSを発症している。(基本的には)それが俺の命を蝕んでいる。末期症状 だ。最近になって、背中が大変痛んだために、俺は手術を受けた。手術では感染している骨髄液を全て取り出したんだが、それから医師は感染している(骨髄) 液が引き起こすOsyteomyalitisと呼ばれる現象により、俺の骨が酸素を摂取できていなかったことを知った。(そのための)入院はもう8ヶ月を 数えたが、病院を出たり入ったりの生活は7年間続いている。 これだけは確かだ。ドラッグにはいいことなんか何もない。Nikki Sixxと 俺は同時にドラッグに取り憑かれた。彼は俺の結婚式にベスト・マンとして出席してくれるはずだったんだ。しかし彼は式に現れなかった。Nikkiはその頃 リハビリに取り組んでたために、酒を飲むような席には出られなかったからなんだけどね。Nikkiの欠席には本当に腹が立ったよ。だから、俺達はその後数 年間口もきかなかったし、彼が俺に金を貸してくれることもなければ、何もなかった。 思うんだけど、彼等(RATTのメンバーやNikki)は、俺にヘロインなんか打ってほしくなかった(だからお金を貸してくれなかった)のかも知れないね? でも、どっちにしても、今となっては全て過去のことだ。俺は生きたい。しっかり自分を立て直して、音楽がやりたい。この(2001年7月までの)15ヶ月、俺はクリーンな(全くドラッグを摂取してない)状態でいられた。お陰でずっと気分がいいんだ。病院を出て、何か仕事をするのが待ちきれないよ。 音楽やそれにまつわる事どもは俺に後味の悪さを残したが、ここを退院した暁には、Juanと俺とたくさんの友達で、アルバムを作ることになってるんだ。いい曲がたくさん貯まってるし、そのCDで得た利益はAIDS Health Foundationにも渡ることになってるんだよ。俺は俺を助けてくれた人達に恩返しがしたい。AIDS Health Foundationにもね。そういう目的を持って製作されたアルバムで最新のって、いつの話だったっけ?
俺にどのくらいの時間が残されてるのかはわからない。抗生物質や手術(での治療)が成功を収めているのかどうかもわからない。だから余計にこのアルバムを作りたくてしょうがないんだ。みんなに知ってもらいたい。俺は負けっぱなしの男じゃないってことを。俺には気遣うべきファンがいて、気遣ってくれるファンがいる。(Juanを通して)送られてくるE-mailの量といったら、驚異的だよ。 俺とJuanは常に連絡を取って、たくさん話してるよ。俺達は本気で喧嘩したことなんかなかった。Juanはより分別のある人間だから。誰かをこき おろすような真似をしないで言うのは難しいんだが…そんな真似はしたくないにしても。Juanと俺は互いを信頼してきた。俺達は殆ど同じ頃に生まれ、そし てほんの少しだけ余分に教育を受けてきた。 Stephenとは時々会うことになると思う。そんな昔の話じゃないが、Stephenと俺はディナーを共にし、その時彼は俺に80ドル貸してくれ た。WarrenとBobbyとは、数ヶ月前にランチを共にしたけど、かなり固い雰囲気だったな…一体彼等がどんな問題を抱えているのかを知る由は、俺に はないんだが。俺が思うに、彼等は…(オリジナルの)RATTを壊れるがままにしてしまったことを後悔してるんじゃないだろうか。(あの時の)俺達に必要 だったのは、事を正しい方向に導くための1〜2年の…あるいはそれより長い休養だったんじゃないかな。みんな燃え尽きていたんだよ。6年もの間、 RATT'N'ROLLという名前の船を漕ぎ続けて、毎日毎日RATT'N'ROLL漬けだったんだ。"ちょっと外の新鮮な空気に当たって来るよ" 必要 なのはそれだったのさ。 1996年、俺は、バンドの再結成のためにテキサスから呼び戻された。そうなってからWarrenが言ったんだ、「それで…このレコード (Collage)をもし出すことになったら、Robbin、何曲か弾いてもいいよ」って。俺は「何だって?俺をはるばるCaliforniaまで呼び戻 しておいて、お前等は"数曲弾かせて下さる"って言うのか?」って言ったよ。とてもじゃないけど信じられなかったぜ!俺はCollageも Kalodonarのレコード(RATT '99のこと)も一度も聴いてない。全く興味ないよ。 今、彼等がやっていること、そしてそれをRATTと称していることに俺は失望している。確かにいいライヴやってるだろうな。当然だろ。Corabi にJizzyだぜ。どうやったっていいサウンドは得られるはずさ。ただ俺がわからないのは、どうしてバンド名を変えないのかってことさ。そうすれば必ずレ コード契約は取れると俺は思う。新しい話も来ると思うよ。そんなの馬鹿げてる。新しいヴォーカリストを迎えておきながらそうする(RATTと名乗る)のは おかしいと思うし、同じようにStephenが、一度もRATTとして仕事をしたことのない奴等を集めたバンドをRATTと称しているのも理解できない。 彼が俺に全く打診してこなかったのも驚きさ。もしそれが実現できていたら、最低でも2人は「RATT」がいたのにな。まぁ、それでも(RATTが1人だろ うと2人だろうと)ダメなものはダメだがね。 俺にとって今最も大事なこと、それは名誉を少しでも挽回することだ。きっと殆どの人が俺のことを完全な負け犬と思い、見限っているだろうと思う。それじゃ悲しいよ。だって俺はRATTで、やり過ぎるくらいに働いてきたんだから。 短い間ではあったけど、俺はSecret Serviceというバンドを組んでいた。いいバンドだったよ。だが、シンガーに恵まれなかったんだ。曲は良かったし、バンドは見事なものだったよ。音楽のタイプは変わったが、いいものを作ったと思っている。(Secret Serviceの)デモを持っているんだが、もしかするとそれがEPとして日本でリリースされるかも知れないんだ。 このインタビューが、みんなに俺が常にいいギタリストでいい作曲者だったこと、そしてその力は少しも失われてないという事実を思い出してもらうきっ かけになればいいなと思っているんだ。俺は暗闇をさ迷っていただけなんだよ。俺と同じくらい(ドラッグ等で)汚れてしまってたら、誰でも帰る道を見失う。 でも今は強くなった気がするんだ。早く退院したくてたまらないよ。Juanとのアルバムの話はこの2ヶ月の間に進んだことなんだが、そのアルバムに思いを 馳せると、眠れないし他のことは何も考えられないんだ。もしシンガーがいて、ドラマーがいて、ベーシストがいて…ああでこうで…そんな風にいろいろ考える のは楽しい。バンド時代のことはどこかに飛んでしまった。ショウも何度かやりたい。それは困難だけどな。俺は充分強くなったけど、(ショウやCDを) RATTとやるつもりはないよ。彼等だって言ってこないしね。 俺は10歳の頃からRock'n'rollと寝食を共にしてきて、抱いていた夢は全てかなった。だが、ちょっとした事や人々の影響でRockに背を 向け、音楽に敬意を払うことさえ忘れていた。俺は自分にもっといろんなことが降りかかってくるんじゃないかとずっと思っていたから、そこからただ逃げた。 振り返って「おい、奴等のことは放っとけよ、自分達が一体何を言ってるのかもわかってないんだからさ」と言ってみることさえもしなかった。俺はそういった ことにただ背を向け、彼等がちょっとでも楽しめるんならそれでいいや、と、流れに任せてしまった。俺がいなければ、バンドはダメになるとわかってたから だ。あの5人が揃ってなけりゃRATTじゃないのさ。なのに(今の状態のバンドを)RATTと名乗ることを、俺は奇妙に思う。そんな状態で一体どうなるっ ていうんだ?新しいバンドとして活動したほうが、きっと儲かるよ。 Juanの新しいバンド、Liquid Sundayはいい音楽をやってるね。俺がやろうとしている音楽とは違うが。俺はもっとハードなロックをやりたいんだ…でも、Liquid Sundayの曲は、低音の効いたポップな音楽で、それは常にJuanがやりたいと思っていたものだ。あぁ、でもそういう(Liquid Sundayのような)曲は、俺とJuanが現在話し合っているCDではやらないよ。それはJuanもわかってる。それと、俺はそのCDではヴォーカルは やらない。だが、ちょっとしたセリフを入れることはあるかも知れない。いくつかみんなに伝えたいこと、また、それを伝えるのが俺だから意義があることって いうのがあるんだ。俺はこれ(CD製作)を楽しみたいし、俺には楽しむことが必要だと思う。そしてみんなにはそれを楽しんで、スリルも味わってもらいた い。(このCDが出たら)即買いに行ってくれよ。このレコードは素晴らしい目的を持って作られているし、Rock'n'rollに心も魂も捧げた、いい奴 が作ったレコードだからね。 さて、これくらいにしておこうか。ありがとうMitch。心から感謝するよ。そして(読んでくれた)みんな、ありがとう。神のご加護を! .:. Fine .:. |
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Japanese Translation By: Nao Copyright © 2001- Nao / The RATT GANG.com. All rights Reserved. No reproduction or republication allowed without written permission. 日本語訳は全てNaoによるもので、訳文に関してはいかなる権利も放棄しておりません。無断転載不可 |
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