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j-top >> featured >> KNAC interview with Robbin Crosby (2001) *
Last update: Jun. 3, 2005
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Robbin Crosby in his own words

〜Robbin Crosby、自ら語る

July 16, 2001 / KNAC.COM

interviewed by : Mitch Lafon / © Mitch Lafon all rights reserved

**このインタビューは2001年の5月に行われたものです**

このインタビューは、2001年7月にKNAC.COMに掲載されたもので、原文、及び翻訳文を当サイトに掲載していいという許可をKNAC.COMから得て居ります(※KNAC.COMのサイトからは、リニューアルの際に削除された模様)。

私は、いまだ、Robbinが彼自身の葛藤をファンに知って欲しがっていたとは思っていません。彼は、自分を忘れないでいて欲しいとは言っていましたが、それはあくまで、ひとりの素晴らしいミュージシャンとして、ギタリストとして、温かいハートを持ったひとりの人間として、そして、そのゴージャスなルックスやプレイでステージ上から楽しませてくれた類稀なるエンターテイナーとしての彼を、という意味だったと思っています。私がこのインタビューを掲載したのは、これが彼自身の語ったことだからであり、且つ、彼が訴えたかったことが込められていたからだということをここでおことわりしておきます。

そして…これは私の考えなのですが、ものごとには必ず2つの(もしくはそれ以上の)面があり、見方や立場によって異なります。例えば、Robbinが私達に知って欲しがっていたことと知って欲しくはなかったこと。Robbinから見た「他の人達」、その「他の人達」がRobbinについて思っていたこと。どちらが正しいとか間違っているとかそういうことではなくて、それぞれの辛さや環境の変化によって選択しなければならなかったこと、通り過ぎなければならなかったこと、言わなければならなかった言葉、言ってはいけなかった言葉があったろうと思うのです。

こんな私の戯言ですが、このインタビューを読まれるにあたって、お心のほんの片隅に留めておいていただければありがたく存じます。

そして、辛かっただろうに、怖かっただろうに、こうしてファンに向けて言葉を残してくれたRobbinに感謝します。

2004年9月30日: Nao / THE RATT GANG.com

Robbin 'KING' Crosby(*文中の 赤文字 は Mitch Lafon氏によるもので、紫&斜体文字はNaoによるメモです)

近頃、RATTの前ギタリストであるRobbin Crosbyは自身が7年間AIDSウィルスと闘い続けてきたことを認めた。ここ数ヶ月に様々な経緯があって、私(Lafon氏)はCrosbyと直に話すことができていた。彼はこの話を公表し、ファンに自分がただ落ちるに任せていたわけではないこと、そして自分は単なる大柄な太ったジャンキーではないことを伝えたいと切望している。

以下の話は回想からまた別の回想に飛ぶのだが、それについては私(Lafon氏)が最小限補うとして、Robbin Crosbyが語ったことをそのままお届けする。

紳士淑女の皆さん、Robbin Crosby自身の言葉です:

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part 1

「俺がRATTに入った経緯はかなりややこしいんだけど、それより興味深いのは俺がRATTから出ることになった経緯で、本当は何があったのかだ」 物思いにふけりながらCrosbyは言う。


最初は全員が友情で結ばれてて、自分たちのために懸命に働いた。Out Of The Cellarアルバムのためには実に14ヶ月で320回にも及ぶショウをこなしたんだ。疲れきったけど、楽しかったよ。自分たちが働きすぎだなんてあんまり思ってなかったな。俺達はただ単に"これがツアーなんだ"って思ってて、それに集中してた。肉体的にもその他全てにおいてもそれはそれは色々なことがあったけど、その時点ではそういったことが俺達に影を落とすことはなかったんだ。

(Out Of The Cellarの)ツアーが終わって、ちょっとしたオフを取ったあと、バンド全員でMauiに向かった。Mauiではそれぞれに小さい部屋かコンドミニアムが用意されて…こんなことを言うのは嫌なんだが、それが崩壊の始まりだったんだ。メンバー全員がそれぞれのガールフレンドやワイフや子供達を連れてきてた…でも俺に言わせてもらえば、あれは仕事で行ってたんだから(バケーションではない)。俺はカミさん達全員を問題にしてたわけじゃないよ。でも、そのうち何人かは問題だったね。なぜって、俺はメンバーにやるべきことをまずやってほしかったからさ…馴染みの女のご機嫌を取るヒマがあったらね。


問題の、数ある原因の1つは金だ…何も手にしたことのない24歳の若造が、とんでもない額の金を渡されて、"税金対策に、家や車を買うことが必要だな"とか何とか言われたとするよな。俺は喜んで従ったよ。他のメンバーだってそうさ。俺は貧しい家庭の出じゃあないけど、あの頃の俺達は基本的にアパートの1室にみんなで住んでたんだから。

話をハワイに戻すと、あの時点で既にメンバーはめいめい好き勝手にやっていた。俺達には共同作業が必要とされてたのに、だ。Warrenは数ヶ月の間ほったらかしにしてしまったカミさんと生まれたばかりの赤ん坊を連れて来てた。Juanもそう。Stephenは自室。ものすごく寂しい思いをしたのを憶えてるよ。誰も俺のところに来なかったからね。俺達全員が休暇がほしいと願ってた。でも、もし俺達が日がな一日サーフィンしたり、その辺をほっつき歩いていたら、マネージャーが言うだろ…"で、いつ集まって曲作りをするんだ?"ってね。Warrenがリフを思いついたら、俺とStephenがそれを曲に仕上げていく。Warrenはものすごいリフの宝庫だったけど、それだけじゃ曲にはならなかったから。それだけじゃ歯の抜けた笑顔のようなもんさ。


Robbin on stage (1985)そしてInvasion(Of Your Privacy)だ。あのツアー、そして取り巻く全てが理性を失ってた。こう言うのは、それが真実だからだ。ここからちょっと俺は興奮気味になるかも知れないけど、嘘は言わないよ。彼等も自分に正直になれば、これが真実だって認めるはずさ。

俺にとっては、子供のころからの夢が全部かなったって感じだった。金も、ギターも、欲しいと思っていたもの全てが手に入った。

そしてBon Joviをオープニングに迎えたInvasion Of Your Privacyツアーが決定した。Stephenは気乗りしないみたいだったな。彼はBon Joviに気圧されてたようだ。実際は逆だったと思うんだがね。そして、ツアーが始まった…悪夢が始まった、と言うべきかな?(そんな風に言うと)なんだか裏切り者になりそうな気がするな。でもそんな感じだったんだ。

Bon Joviはいいバンドだったよ、結束も固くて。ジョンは素晴らしい人間で、俺にとって本当にいい友達でいてくれた。


毎晩、ショウの前のBon Joviが自分達の楽屋でみんなで楽しく過ごしてるというのに、俺達の楽屋といったら、みんなが互いを罵ってた。雑誌でも読んでればよかったんだろうけど、実際は、"何だこのスープは?毎晩マズいスープ飲ませやがって、おまけにこの楽屋にゃロクな酒もないじゃないか"といった風に、あらゆることに文句つけて嘆いてばかりいたんだ。

Stephenは毎晩Bon Joviのショウを見に行ってはたった2秒くらいですぐ戻ってきて、Bon Joviが自分のステージングをパクったとか何とか言って激怒していた。俺は思った…"Stephen、お前は別にパクられるような何かをしてるわけじゃないじゃないか。お前はDave Lee Rothじゃないんだぜ?何か特別なことを(ステージで)言ってるわけじゃなし、お前の知ってることと言ったら、今晩自分達がどこの街でプレイしてるかってことくらいだろ。なのに、一体Bon Joviがお前から何をいただけるって言うんだ?"

そんなわけで、世紀のいがみ合いが始まった。Stephenは毎晩彼等の分の照明を減らしたり、演奏時間を減らしたり、そういったことを俺達に何の相談もなしにやろうとしていた…直にプロダクション・マネージャーのところに行ってしまうんだよ。それを知った俺達が「くだらないことはよせよ」と言った結果、そこに憎しみが生まれた。Stephenは俺達が彼の味方じゃないと感じたようだったが、それ(Stephenに他のメンバーが肩入れしなかったこと)はStephen自身が問題だったからでね。事態はおかしなことになっていった。ちょっとの間Stephenにはガールフレンドがいなくて、そのため飲むことが少し増えていた。俺もそうだった。そして大量のドラッグをやっていた。


俺はツアー中大半の時間をBon Joviの楽屋で過ごすようになっていた。ショウの前にしろ、後にしろ、Bon Joviはエネルギーに満ち溢れてた。彼らと一緒に過ごして俺は昂揚したが、いざ自分のバンドの楽屋に戻れば、メンバー達はふさぎ込んでいる。そして"おい、ステージに出るぞ"という声に、ただ"OK"とだけ答え、ギターを掴み、重い足取りでステージに向かう、といった有様だった。

俺達はすごくいいバンドで、刺激的だったと思うが、Stephenがバンドの演奏チューン(チューニング)に合わせられてないと俺は思った。俺はここで悪口を言うつもりじゃないんだが、でももしRATTの他の(オリジナル)メンバーに訊いたら、彼等も必ず同意すると思うよ。

Bon Joviにまつわるそういった事柄は本当に馬鹿馬鹿しくて、それもあって俺は殆どの時間をBon Joviのメンバーと過ごすようになり、(RATTの)みんなにとっての"ベネディクト・アーノルド(独立戦争当時、イギリス軍と内通したアメリカの将軍)"になっていった。時にはBon Joviのツアーバスに乗ったり、オフを一緒に過ごしたりもしたよ。彼等の泊まるホテルにいたことさえあったし。RATTのメンバーの不平不満やボヤきを聞かなくて済むなら何でもいいって心境だった。そういう生活はツアー中ずっと続き、そしてそれが事態を更に悪くしていったんだ。


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Japanese Translation By: Nao

Copyright © 2001- Nao / The RATT GANG.com. All rights Reserved. No reproduction or republication allowed without written permission.

日本語訳は全てNaoによるもので、訳文に関してはいかなる権利も放棄しておりません。無断転載不可

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